はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

ヒナ田舎へ行く ブログトップ
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ヒナ田舎へ行く 160 [ヒナ田舎へ行く]

食事が済むと、一旦、兄弟三人で集った。

ぞろぞろと汚れた食器を手にキッチンに入る。

「親父のあの顔見たか?」スペンサーはくっくと笑った。「どうやら親父も気づいたようだな。俺たちがヒナの言うことを聞かざるを得ない状況ってのが。ヒナにノーと言って丸く収まる訳ないってことだ」

「だが、さすが親父だ。気づくのが早かった」

「そうだよ。もっと早く気づいてれば、ダンは怪我しなくて済んだのにさ」

カイルの言葉に二人は苦い顔をした。ヒナの言うことを聞かずにダンを追い出そうとした結果、ダンの額と鼻に擦り傷を負わせることとなった。そのことで二人はダンに負い目を感じずにはいられなかった。好かれたいと思っているのだからなおさらだ。

「やはりお前たちのせいか」

突如、噂話の主の声が聞こえ、三人は飛び上がった。

スペンサーが素早く体勢を立て直し、すまし顔で問う。「何のことですか?」

「ダンの額のことだ」ヒューバートがぴしゃり。

「不可抗力です」スペンサーは間髪入れず言い返した。

「わざとではないと?」ヒューバートは大袈裟に目を剥いた。

「もちろんです」ブルーノが落ち着き払って否定した。動揺したところを見せれば、ヒューバートにさらなる攻撃を仕掛けられてしまうからだ。

「僕、ヒナと見てたけど、たぶんダンは逃げようとして荷台から落ちちゃったんだ」カイルはやんわりと自分はそのことには無関係だと主張した。

逃げざるを得ない状況を作ったのは紛れもなくスペンサーとブルーノで、カイルはすでにヒナの側に付いていたので責められるいわれはないというわけだ。

「力業に出たというわけか」ヒューバートは上の二人に向かって目を細めた。

それがどちらのことを指すのかは分からなかったが、確かにあの時、どちらも自分の主張を押し通そうとムキになっていた。追い出そうとするスペンサーとブルーノと、追い出されまいとするダン。

結局、身体を張ったダンが勝ったわけだけれど。

「お父さんも知ってのとおり、おれたちは伯爵の指示に従っただけです」とブルーノ。

「うむ。その通りだ。命令には従わなきゃならん」ヒューバートは真っ直ぐにブルーノを見て言った。

「でもお父さん、ダンを追い出さないんでしょう?」カイルが指摘する。

「命令には従わないつもりですか?」スペンサーが追及する。

「うむ。そうなってしまうな」ヒューバートはあっさり敗北を認めた。

「伯爵にばれたらどうするの?」カイルが訊く。

「そんなことにはならない。わたしがここにいる限りはな」ヒューバートは自信たっぷりに言い、スペンサーにひとつ用事を言い付けた。

スペンサーは渋々ながらも、それに応じた。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 161 [ヒナ田舎へ行く]

「ヒナ、帽子もお忘れなく」

ダンに言われ、部屋を出ようとしていたヒナは慌てて取って返した。

新調したばかりのお出掛け着と揃いの鳥打ち帽を手にすると「いってきま~す」と軽やかに言って、部屋を出た。

下でジュスが待ってる。急がなきゃ。

お行儀よくドアを閉めると、そこにスペンサーが立っていた。

「スペンサーもお出掛け?」そう訊ねると、スペンサーはきまりが悪そうに口元を歪めた。

「案外、意地悪なんだな。ダンに会いに来たんだ。なかにいるんだろう?」

「ダンの部屋はとなり」ヒナは警戒するように言い、ドアの前に立ちはだかった。

スペンサーとダンが二人きりになるのはあまりよくない、と思うから。

「でもいまはヒナの部屋にいるだろう」スペンサーは愛想のいい顔でヒナに詰め寄った。

「いる。片付けしてる」声が震えた。このままでは突破されてしまう。「だから邪魔しないで」

スペンサーは溜息を吐いた。「ヒナ、俺がダンに何かすると思っているのか?」

ヒナは頷いた。

「何もしやしない。俺もこれから出掛けることになったから、その前に親父のことでちょっと助言するだけだ」

「ほんと?」ヒナは疑り深い目を向けたが、スペンサーは嘘は吐かないだろうと判断して、ドアの前から退いた。ヒナも急いでいるので、こんなところで時間は食っていられないというわけだ。

「信用してくれ」とスペンサーは言い、早速ドアノブに手を掛けた。

ヒナはまたも頷いた。じゃあねと廊下を行こうとすると、スペンサーが後ろから言った。

「なあ、ヒナ。本気でブルーノに付くつもりか?」

ヒナはぴたりと足を止め、くるりと振り向いた。

「スペンサーも本気?」もしもそうなら、同じようにチャンスをあげる。ヒナは心の中で呟いた。

「本気……、か。どうだろうな、まだわからない。でもそれはブルーノも同じだぞ」

「ブルゥは本気だよ」ヒナには分かるもん。

「そうか?なら俺も本気にならなきゃいけないな。だが、決めるのはダンなんだぞ。ヒナでも俺たちでもない」

ヒナはスペンサーの言葉について考えてみた。

ダンがもしもスペンサーのことを好きになって、ヒナが邪魔したりしたら、それはすごくおかしいこと。でも好きじゃなくて困っていたら、ヒナが守らなきゃいけない。でもそれは今は分からない。だとしたら、やっぱり二人に公平にチャンスをあげなきゃいけないよね?

「だったら、ヒナがウォーターさんちに行くのも許してくれる?」ヒナは狡賢く交換条件を出してみた。

「それとこれとは話が別だ」とぴしゃり。

やっぱり……。

ヒナはがっかりしながらもこう言った。

「ヒナはダンだけの味方だから」どっちの味方もしない!「ウォーターさんが待ってるから、じゃあね」

「ブルーノによろしくな」スペンサーは浮かれた声で言い、ヒナの部屋に吸い込まれていった。

ヒナはちょっぴり不安になりながらも、階段を駆け下りる頃にはジャスティンのことで頭がいっぱいになっていた。

結局ダンは自分で何とかするしかないのだ。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 162 [ヒナ田舎へ行く]

ヒナとスペンサーのやりとりを、ダンは壁の向こうで聞いていた。

聞くつもりはなくとも、ヒナとスペンサーがまあまあの音量で喋るものだから、否が応でも聞かざるを得なかったのだ。

あんなふうに僕の話をするなんて!

ダンは憤り半分、困惑していた。

ブルーノとスペンサーが僕に好意を寄せているような話ぶりだったけど、そんなことあり得るだろうか?

変な勘違いはしたくないけど、僕の主人はあのジャスティン・バーンズ様なんだ。話の内容で察しはつく。いったいいつからヒナとスペンサーはそういう会話をしていたのだろう。
ここへ来てまだ五日目なのに。

ヒナは僕だけの味方だって、言ってくれた。

それって、スペンサーとブルーノが僕に何かしたら許さないって意味だよね?ヒナがそんなに頼もしいとは思わなかったし、僕をそこまで思ってくれてるとも思わなかった。

嬉しい。ヒナに仕えていて良かった。

でも、ちょっと待て。

ヒナはちゃっかり旦那様との交流を引き替えに僕を売ろうとしてなかった?

まあいいか。

二人は恋人で家族でもあるわけだし、一緒にいたいと思って当然だもんな。

「うわぁ!!」

突然ドアが開き、ダンは驚くと同時に後ろに倒れ込んだ。お尻はちょうどよくベッドに着地し、事なきを得た。

「大丈夫か?」スペンサーが怪訝な顔つきで近寄って来た。

「だ、大丈夫です」ダンはあたふたと立ち上がった。ベッドに誘っていると思われたらことだ。

「実はこれから出掛けることになった――」

ええ、聞こえていました。

「ヒナが戻って来るまでには戻れるだろうが、その間、親父と二人きりになるが――」

ヒューバートと二人きりと聞いて、ダンは恐れをなした。素早く頭を回転させ、二人きりではない事実を自分とスペンサーに思い出させた。

「カイルとウェインがいますよ!」叫んだ。

「それはそうだが、そういう意味じゃないことくらいわかるだろうに」ダンのあまりの必死な様子に、スペンサーは笑いを噛み殺しながら言った。

「だって、二人きりだって!僕がこのあとヒューになんて言われるか分かってるんですか?ヒナのおかげで追い出されないかもしれないですけど、もしかしたらみんなが帰ってくる頃にはいないかもしれないんですよ」

出て行くように仕向けられるかもしれないってのに、呑気なこと言っちゃって!

「おいおい。落ち着け」スペンサーは手を伸ばしダンの肩を掴んだ。

ダンは飛び上がった。それはスペンサーに触れられたからか、パニックに陥っていることを指摘されたからか。

「落ち着いてますよっ!」ほとんど怒鳴るように言い返すと、スペンサーの手を振り払って、自分の仕事に戻った。

上着にブラシを掛け、ズボンの染みを抜いて、シャツは洗濯に出す。さっさとしなければ、それこそヒューバートに仕事が出来ないと思われて追い出されるかもしれない。

「心配する事はない。あれこれ言ってはくるだろうが、親父はお前を追い出したりはしない」

スペンサーはダンが動き回る様子を目で追いながら、それとなく、ごく自然と、ダンの背後にまわり、その身体を捉えた。

ダンは悲鳴を飲み込み、「なんですか?」とか細い声で弱々しく訊ねた。

ヒナに信用しろと言ったのは嘘だったの?

とにかく、泣きそうだった。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 163 [ヒナ田舎へ行く]

困らせるのが楽しいと言ったら、ダンはなんて言うだろうか?

顔を真っ赤にして怒るか、それとも諦めてうなだれるか。ともあれ、いまは腕の中で身体を干からびたパイみたいにカチコチにさせている。

スペンサーは早々にヒナとの約束を破ったことに、後ろめたさを感じてはいなかった。本来、スペンサーとはそういう男だ。途中経過よりも結果が大事。ブルーノを出し抜くために少々卑怯な手に出たとしても、それはそれ。

「ヒナに言いますよ」断固とした声が聞こえた。

うーん。それは困る。

「何を言うつもりだ?」スペンサーは意地悪く訊ねた。胸の内を晒すことはない。

「なにって……」ダンは口ごもった。

「抱きつかれてキスをされました、とでも言うか?」ダンの耳に唇を付け囁くように言った。

「キスッ!」ダンはこそばゆげに首を竦め、声を裏返した。

「冗談に決まっているだろう」スペンサーは言って、ダンを離した。いくらいじめがいがあっても、これ以上は逆効果だ。「ちょっとからかっただけだ」軽い口調で付け加えた。

「ああ、そうですよね」ダンはホッとしたように言い、そろりそろりと距離を開けた。己の身を守ろうとしてか、ヒナの服を胸に掻き抱いている。それでも真っ向から拒絶しなかったのが救いだ。

「町の方まで行くが、いるものはあるか?」

スペンサーは相手が拍子抜けするくらい、すっぱり話題を変えた。

「え、あの、そうですね……」ダンは目玉をぐるりと回し、必要なものを瞬時に弾き出した。「それでは――」と、こちらが断れないと知ってか知らずか、あれこれ言い連ねた。

「それだけか?」と鷹揚さを見せつけると、頼まれたものを忘れないうちに、そそくさと部屋を出た。

ダンはとんだ食わせ者ではないかと密かに思いつつ、スペンサーは自分の部屋に寄ってひとまずメモを取った。

まったく。あれは男の扱い方を心得ているな。

ヒナの近侍をしているだけのことはある。

つまり、とても優秀だという事だ。

ますます気に入った。

スペンサーは軽やかな足取りで、フロッキーの待つ厩舎に向かった。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 164 [ヒナ田舎へ行く]

ヒナが出掛けてしまうと、屋敷は命を失ったかのようにしんと静まり返った。

もう二度と、ヒナが来る前の日常には戻れないなとカイルは思った。

だって、それはつまり、ひどく退屈だってことだから。

いまここにウェインさんがいるのも、ウォーターさんがヒナに会いに来るからに過ぎないのだ。ヒナがロンドンに戻ったら、きっとウォーターさんもウェインさんもここには来なくなる。

そんなのヤダッ!

「ねぇ、ウェインさん。洗い物が終わったら、何する?」グラスを洗い終わったカイルは、水を張ったたらいに汚れた皿を一気に滑り込ませた。

「ん?そうだなぁ……」と言ったきり、ウェインさんは黙り込んでしまった。グラスを拭く、きゅっきゅという音だけがキッチンに響く。

もしかしたら、すごく疲れているのかも。本当ならこの時間、お屋敷の使用人は休憩をしているのかもしれない。ああどうしよう。うちに来ているから休む時間がなくなっちゃったんだ。

「よかったら、居間でごろごろする?」ヒナはごろごろするのが好きだけど、ウェインさんはどうだろう?窓際の長椅子は昼寝するには最高なんだけど、僕はウェインさんといっぱいお話ししたいしな。

「あ、いいね」それは名案だねという口調。

ああ、よかった。ごろごろしながらお喋りも悪くないよね。

「ロンドンの話、聞かせてくれる?」正確には、ロンドンでのウェインさんの暮らしぶりが聞きたいんだけどね。

「もちろん」ウェインさんは気前よく応じてくれた。

カイルは洗いあがった皿を水切りかごに次々と立てていった。カップは伏せて置き、カトラリーはまとめて端っこに置いた。

グラスを拭き終わったウェインさんが横に立ってカップを取った。

ウェインさんは風の匂いがした。馬の匂いも少し。

「ねぇ、ウェインさん。もしも僕がロンドンに行ったら、ウォーターさんは僕を雇ってくれるかな?」見上げると、ウェインさんと目が合った。僕と同じ茶色い瞳。

「ロンドンに来るの?」

「ううん。もしもの話」

「ああ、そうだよね。カイルはいま十六歳だっけ?クラブで働くにはちょっと早すぎるかな。下働きでも十八くらいはいってないと無理かな」

「そうなの?」年齢制限があるなんてびっくり。お屋敷仕事だったら僕くらいの年でも十分なのに。クラブって厳しいんだ。

「でももしもロンドンに出てくるなら、旦那様は歓迎してくれると思うよ」

「わーい。やった!」と言ったものの、そんな予定はまったくないし、そんなお金もない。お父さんが旅費を出してくれれば、話は別だけど。今度頼んでみようか?ヒナもウェインさんもここからいなくなったら。

「実を言うと、僕は旦那様の近侍になる前はクラブで働いていたんだ。とても刺激的な毎日で楽しかったけど、旦那様に仕えている方が何倍も楽しい。その分苦労も多いけどね」ウェインさんは舌をぺろりと出しておどけた顔をした。

刺激的か……。ここには刺激のしの字ものないけど、そんな日常もそう悪くはない。とにかくいまはヒナがいてウェインさんがいるわけだし、十八歳までに出来るだけお金を貯めておけば、永遠の別れになるってこともない。

永遠の別れ。

自分でそんな事を思って、カイルは悲しくなった。

目の奥がツンとし、涙がジワリと浮かんできた。

別れはあまりに現実的だった。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 165 [ヒナ田舎へ行く]

旦那様がいない隙に寝椅子でごろごろも悪くない。

いや、待てよ。

お屋敷にはダンが居残っているし、あのヒューバートとかいうホームズ似の執事がいる。カイルのお父さんだ。とても美男で若々しいので、ロス兄弟の一番年嵩の兄と言われても信じるだろう。

カイルはずいぶんとロンドンに出たがっているけど、カイルには田舎の方が似合っている。これは田舎者という意味ではなく、街の汚れた空気がカイルには似合わないという意味だ。

ウェインは小さい頃に少しの間だけ田舎で暮らしたことがある。それ以外はずっと都会暮らしだった。都会と言っても、旦那様のところで勤めるようになるまではほんの端っこしか知らなかったのだけれど。

それでも、ここの空気よりもいいはずはなかった。

僕はずっとここにいられたらと思う。

「ウェインさんの目って、ところどころ金色が混じってるんだね」

ハッとしてカイルを見ると、至近距離で顔をのぞき込んでいた。あどけない、ヒナよりももっと無邪気な顔で。ヒナは無邪気だけど、旦那様のせいで知らなくていいことまで知っているのでカイルほどの子供らしさはない。洗い物が終わったばかりの手は濡れていて、ウェインはすかさずタオルを差し出した。

「自慢の瞳さ。旦那様はただの茶色って言うんだけど、お母さんは綺麗な琥珀だっていつも誉めてくれていたんだ」そういえばしばらく実家に帰ってなかった。ロンドンに戻ったら、半日ほど休みを頂いて会いに行こう。ここのお土産でも持って。

「僕も綺麗だと思うよ」カイルは手を拭きながら屈託なく言った。お世辞ではないのが嬉しい。

「本当かい?カイルの瞳も素敵だよ」なんだか美味しそうだ。食べちゃいたいくらい。

「うぅん。僕こそただの茶色だよ。スペンサーやブルーノとは違うんだ」カイルは落胆したように肩を落とした。

「そんなことないよ。ただの茶色なんて存在しないんだ。ヒナだって茶色だけど、ただの茶色じゃないだろう?」旦那様はあのエキゾチックな瞳にころりと参ってしまっているのだ。

「うん。ヒナの目はきらきらしてて、ただの茶色なんかじゃない」

「ほらね。よし、それでは上で休憩しようか。ヒナたちが戻ったらお茶の支度をしなきゃいけないしね。今のうち今のうち」

ウェインはカイルを急き立て、階上へ向かった。空気が淀みがちな階下は嫌いなのだ。

二人は窓際の長椅子を陣取り、たくさんの話をした。街の暮らし、田舎の暮らし。家族や仕事の話。

まるで弟が出来たみたいだ。

ウェインは満ち足りた気分で目を閉じ、コトリと眠りに落ちた。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 166 [ヒナ田舎へ行く]

カイルは見ていた。

穏やかな寝息を立てて眠るウェインを。

ウェインの寝顔はあまりに無防備で、守ってあげなきゃと何よりもまず思った。

カイルはレースのカーテンを引いて、陰を作った。

まだらな光がウェインの顔をちらちらと撫でる様子を、カイルはじっと見つめた。

『僕は平凡なんだ』とウェインさんは言った。

カイルはそれを聞いて、頭に血が上った。

ただの茶色が存在しないように、平凡なウェインさんも存在しないと憤った。

けれどもカイルはその言葉を口に出来なかった。

あまりムキになると、自分がひどく子供っぽく見えてしまうような気がしたからだ。

ウェインさんには子供だと思われたくなかった。兄たちにはいくら子供だと思われてもかまわないけど、ウェインさんの前では一人前でいたかった。

それでもヒナのように振る舞えたらどんなにいいかとも思う。

好きな人に帰らないでと抱きつき、駄々をこねる。

僕がウェインさんに帰らないで――ダヴェンポートさんち(いまはウォーターさんちだけど)にもロンドンにも――と言ったら、ウェインさんはどうするだろうか?ウォーターさんみたいに、よし!わかったと言ってくれるだろうか?ヒナに気前よく言うみたいに。

カイルは、はぁと溜息を吐いた。

自分が夢中になってしまった相手は、主人の一言で明日にもこの土地を去ってしまうような人だ。当分の間はここにいると言っていたけど、当分っていったいどのくらいの期間の事だろうか?ウェインさんに馬車レースを挑めるほどの時間はあるだろうか?例えば、あと二,三年くらい。

「うぅん……もにゃもにゃ……」

カイルは突如ウェインの口から発せられた言葉に、長椅子の上で飛び上がった。

寝言?

それとも、ただの呻き声?

カイルはまたウェインをじっと見た。

少し乾燥した唇が何かを食んでいる。

夢の中でおやつでも食べているのだろうか?

まるでヒナみたい。

カイルはくすっと笑った。

そしてふいに、居ても立ってもいられなくなって、胸の辺りをぎゅっと鷲掴みにした。

胸が苦しくて、どうにかなっちゃいそう。

カイルは傾ぎ、ウェインの上に影を作った。レースカーテンは光も当てたけど、カイルは影だけを作った。光っているのは邪な感情を秘めた薄茶色の瞳だけ。

ぷるぷると震えた。

乾いた唇を舌先で舐めて濡らした。同じように乾く唇に潤いを与えるため。

カイルはそう自分に言い聞かせた。

そっと触れた唇は火傷するほど熱かった。

濡れていた唇は瞬く間に水分を奪われ、カサカサにひび割れたかのように思えた。

突然、自分のしでかした事に恐怖を覚え、カイルは後ろに飛び退いた。拍子に椅子の下に転げ落ち、腰をしたたか打ちつけた。

顏を上げると、ぽかんと口を開けるダンと目が合った。

ヒューバートとの話し合いが終わったのだ。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 167 [ヒナ田舎へ行く]

ありゃりゃ。

僕はいま、とんでもない現場に踏み込んじゃった?

カイルがウェインにキスをしていたのはほぼ間違いない。

ダンはこのまま何も見なかったことにして立ち去ろうか、そのまま突き進むかで束の間悩んだ。

けれども、もう目が合っちゃってる。ここで逃げたらお互い気まずい。

「あ、の――」

ダンが口を開くや否や、カイルがものすごい勢いで音も立てずにこちらにやってきた。手を伸ばして思い切り押しやり、部屋の外まで送り出された。

「シーッ!」カイルはいまにも泣きそうな顔で人差し指を必死に唇に押し当てた。

ダンはぐっと口をつぐみ、ずうずうしく居眠りをするウェインの方に目をやった。

カイルは見ちゃだめとばかりに立ちはだかり、懇願するような顔つきになった。

「ウェインさん寝てるんだ。きっとすごく疲れてて、だからこのままにしておいてあげて。それから……あの、ね。お願い、さっき見たこと誰にも言わないで。お願い、ダン」

あまりに必死な様子に、ダンはにやにや笑いを引っ込めた。

「誰にも言わないよ」

「ヒナにもだよ。僕、嫌われたくない」

ははっ。ヒナがあんなことくらいでカイルを嫌う?あり得ないあり得ない。ヒナは旦那様ともっとイケナイことしてるっていうのに。

「ヒナにも言わない」ダンは安心させようと、カイルの肩に手を置いた。

カイルはびくりとし、目を伏せた。

「ほんとに、言わないで。もしもウェインさんに知られたら、僕、ぼく……」カイルは歯を食いしばり、絨毯に涙を一粒、二粒こぼした。

可哀想に。

ダンはカイルがここまでウェインに入れ込んでいるとは思いもしなかった。

余所のお屋敷でぐうすか眠るウェインなんかにキスをしたいと思うほど、そのウェインを起こさないでと懇願するほど、そしてそのウェインに嫌われたら生きていけないと(そこまでは言っていないけど)泣き出してしまうほど。

まったく腹立たしい!ウェインのやつめ!

ウェインのずうずうしさがこれほど癪に障るとは予想外だった。カイルが師匠と慕っているのをいいことに、我が物顔で寝椅子を占領して。あの椅子は何を隠そう、僕がスペンサーとブルーノに二人掛かりで追い出されそうなときに、ヒナが薄情にも見送った椅子だ。あの時ヒナは、カイルと窓枠に雁首並べて『バイバイ、ダン』と、心の中で言っていたに違いない。

思い出すと、またまた腹が立ってきた。あとでウェインをとっちめてやらなきゃ。

「カイル、落ち着こう。ね」ダンはカイルの背中を優しく擦ってやり、居間から徐々に遠ざけていった。「下でお茶でも飲もうか?美味しいのいれてあげるから、ね」

ウェインは旦那様が戻って来るまでそこで眠っていればいい。

一度くらい、本気で旦那様に怒られればいいんだ。

ダンは怒りをふつふつとたぎらせながら、カイルを伴ってキッチンへ向かった。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 168 [ヒナ田舎へ行く]

カイルはぎゅっと握った拳をそれぞれ膝の上に乗せ、ダンがゆったりとティーポットに熱湯を注ぐのを無言で見守った。

実のところ、これから説教を食らう子供みたいに、椅子の上でがたがたと震えていた。

あんなことをして舌を引っこ抜かれてもおかしくはないのだ。お客様にあんなおもてなしをするなんて。

それでもウェインの唇の感触を思い出すと、カイルは後悔よりも満足を感じずにはいられなかった。

口元がほころぶ。ウェインさんたら、ついさっきまで話していたかと思うと、次の瞬間には寝ちゃってたんだから。だから僕が枕代わりにクッションを置いて、横にしてあげたんだ。きっと起きたとき、ひどく驚くだろう。あれ?って、あたりをきょろきょろ見回すに違いない。で、僕がいないことに気づいて……。でも、キスされたことよりは驚かないだろう。男が男になんて!ウェインさんは一発で僕を嫌いになる。だから絶対知られたくない。

「はい、どうぞ」

やけに優しい声に、カイルはまた泣きそうになった。
本当は熱いお茶なんて飲みたくないけど、これは罰だと思ってカイルは差し出されたカップを手にした。ダンが特別に開けてくれた紅茶は、りんごみたいな匂いがした。オレンジの匂いのは知っているけど、りんごは初めて。

「いい匂い。これってヒナのためのでしょ?」

「ううん。これは僕の」ダンは向かいに座って、匂いをかいだ。「いい香りだね」

カイルは頷いた。

ダンがさりげなくテーブルの上に何か置いた。

銀色の小さな包み。

チョコレートだ。

「なかにりんごジャムが入っているんだ。紅茶と一緒にいただくといいよ」ダンはそう言うと包みを開けて、チョコレートを口に入れた。すぐに紅茶を飲んで、うんと頷く。

カイルもダンの真似をした。

罰だと思った紅茶は、まるでご褒美のようだった。

「ダンは僕のこと、嫌いにならない?」カイルはカップを口につけたまま、探るようにダンを見た。

「嫌いに?ならないよ」ダンは不思議なことを訊くなぁといった顏で、チョコレートをもうひとつ食べた。

「どうして?」どうしてダンはそんなに心が広いの?いつもヒナのわがままをきいているから?

「カイルの初恋はいくつの時だった?」ダンはカイルの問いには答えなかった。

「八歳のとき。隣に住んでたスージーって子。外国に行っちゃったんだ」

「僕は十二歳の時。お祭りの時に村にやって来た女優さん。名前は忘れちゃった」

「だから役者さんになったの?」カイルが訊ねると、ダンは苦笑いをした。

「役者を目指してロンドンに出たんだけど、全然相手にされなくてさ。そうしたら、旦那様が僕を拾ってくれたんだ。で、ヒナのお世話を任されたってわけ」

話が横道に逸れているような気がしたけど、カイルは指摘しなかった。

「どっちがよかった?役者さんと、ヒナのお世話と」こんな質問、失礼かな?

「そりゃあ、役者になってたらって思うけどさ。でもね、旦那様やヒナに出会えなかったらって思うと、そっちの方がきっとつまらない人生だったって思う。役者は刺激的だろうけど、ヒナほどの刺激はないだろうね」ダンはにっこりとした。

「僕もそう思う。ヒナは刺激的だもん」

「それに、ヒナに仕えていなかったら、カイルにも会えなかったんだよ。出会いって不思議だね」ダンはしみじみと言い、お気に入りらしい紅茶をこくこくと飲んだ。

「ほんと……」ダンに出会えず、ウェインさんにも会えず、ヒナの事なんてまーったく知らない人生だったら、ひどくつまらない人生だったと思う。

なんとなく、この出会いが、今後の自分のゆく道を決める気がした。

それがどんな道かは、まだわからないけど。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 169 [ヒナ田舎へ行く]

「おや?」

ヒューバートは居間で居眠りをするウェインを発見した。

息子が夢中になっている男だ。馬の言葉が分かるとか分からないとか、胡散臭くもあるが、彼はあの方の近侍だ。素性ははっきりしているし、息子に害を与えることもないだろう。

近づき、真上から見下ろす。

口元がだらしなく緩み、いまにも涎がこぼれ落ちそうだ。

カイルが相手をしていると思ったが、あれはどこへ行ったのだろうか。

てっきりダンも合流していると思って、ここへやってきたというのに。

ダンとの会談は三十分ほど前に終わっていた。

こちらの情報をすべてさらし、カナデ様の置かれている状況について話し合った。ダンは主人思いの出来た使用人だ。話をするまでは、こんな子供にカナデ様の世話が務まるのかと不安だったが、バーンズ様の見立ては間違いなかったようだ。

いやいや。いまはウォーターズ様か。

ヒューバートはそっと口の端を上げた。笑える状況ではないが、バーンズ様のやったことを思えば笑わずにはいられない。仕事を投げ出し、身分も名前も偽り、何の値打もないような屋敷を目が飛び出そうな値段で買い取ってまでカナデ様のそばを離れないというのだから。

やり過ぎだと思わなくもないが、カナデ様の保護者なら当然のことのように思えた。どちらにせよ、お金に困る身分でもないし、もともと仕事など必要ないのだから。

さて。このまま座って、皆の帰りを待っていようか?それとも、お客様を放り出してどこかへ行ってしまった息子を探しに行こうか?

「ふぁ?あ、あれ……スぺ、ヒューバートさん?」

どうやら客人が目覚めたようだ。わたしとスペンサーを間違えた。これは嬉しい。たかが使用人が訪問先の今で居眠りなど、と思ったが、今回ばかりは許そう。

「お目覚めのようですな」一言声を掛けた。

「おめざ――」と言って、ウェインは飛び起きた。自分の失態に気付いたようだ。

「息子が相手では退屈でしたかな?」

「いいえ!全然そんなことありません!すっごく楽しくて――つい、気が緩んでしまったようです」ウェインはしゅんと項垂れた。「ほんとに、楽しいひとときで……僕どうして寝ちゃったりなんか!」吠えるように言い、寝癖の付いた頭をぐしゃぐしゃと掻き乱した。

「使用人というのは、大声を出すものではありませんよ」諭すように言うと、ウェインは竦みあがった。「でもいまは、カイルのお客様なので、どうぞお好きなだけ」やんわりと真顔で付け加えた。

「いいえ」ウェインは居ずまいを正した。おどおどと逃げ道を探っている。

自分の立場をしっかりと認識したようだな。

「ここにいる間は、あれと仲良くしてやってくれ」ヒューバートは相好を崩した。

つづく


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